『家の中』から考えるモノの使い方の学習:高齢者と若年層の比較をヒントとして

原田悦子(法政大学社会学部)
赤津裕子(沖電気工業 (株) ITラボラトリ)

渡辺[5]は、家事などにおける家の中での人工物と人との相互作用は実に多様であり、しかもその多様性に意識的でない(暗黙裡に他の人、家庭も同じようにしているものと考えている)ことをいくつもの行為事例から明らかにした。家という私的空間での活動は、他者の行動観察の機会が少ないために、変容(学習)が難しいと考えられる。その一方、俗に「暮らし方は時代と共に変遷している」といわれ、その原因の一つに「新たに生活に持ち込まれていく」人工物の存在がある。それでは人はどのようにして人工物の使い方を学び、それによってどのように「家の中の活動」を変えているのだろうか。ここでは、認知工学、すなわち人−人工物相互作用研究の立場から、家の中の「技術」変容を考えるが、その入り口として、学習(変容)の巧みさの相違という視点から、高齢者と若年層の比較をしてみたい。

高齢者は新しいモノの学習が困難か

一般に高齢者は「新しいモノが苦手」といわれる。実際に同じように「新しいIT機器」を対象にしたユーザビリティテストの結果、高齢者はメニュー、ボタンなどの意味・構造の学習が若年層に比べてスムーズでなく、また既存品につけられた新機能についても理解が困難であった[4]。これら学習の「不得意さ」は、(a)認知的高齢化に伴う認知機能変化、(b)必要な知識・メンタルモデルの欠如(特に情報機器の作動モデル)が基盤にあり、さらに(c)社会文化的要因、価値観など複合的な要因によるものと思われる。しかし、ある種の学習(特に、知覚運動的学習)では、高齢者であっても短期間に明確な変化が見られ、単純に「高齢者は学習ができない」とすることは危険である[3]

若年層は何が得意なのか

それでは逆に若年層はなぜスムーズに新しい人工物を使えるようになるのだろうか。若年層のユーザビリティテスト場面での発話、あるいは新規な事物との相互作用の分析[1, 2]にみられる特徴として、「目の前にある人工物をとりあえず多様な方法で触ってみながら」、「自分がやりたいことに関係のあるところだけをうまく切り出し、自分の目的にうまくはめこんで使う」という方略がある。すなわち、若年層が行っている学習は、決して「デザイナーが意図した通りの操作法・機能を下完全に学んでいる」ものではなく、「自分にとってのこのモノ」を構造的・機能的に「部品化」し、それを自分の活動に組み込むという過程こそが、「モノが使えるようになる」ことの中心ではないだろうか。

家の中の認知科学と認知工学への示唆

このように考えるとき、従来のヒューマンインタフェース研究で考えられてきた「学習」が、デザイナの視点からのみとらえられており、「モノを操作できるようになる」ことが中心であったことに気づかされる。しかし実際にユーザが「使えるようになる」のはむしろ、「そのモノを変容させながら自分の活動に取り入れる」過程であり、そこでは「すでにある情報を吸収する」学習ではなく、「新しい使い方を見出し、作り出していく」創発的な使用[1]こそが重要と考えられる。実際、興味深いことに、「学習が苦手」とされるユーザほど「マニュアルが必要」「ちゃんと学んでからでなければ使えない」という従来のデザイナ的視点からみた学習必要性を強調する傾向があり、その取組み方自体が「新しいモノの学習」を阻害している可能性も考えられる。

これらの考察から、家の中の視点から認知工学を考えることによって、学習を支援するデザインが、「いかに完璧な使い方を知らしめるか」のデザインから、「いかに創発的に自分の活動に組み込みやすくするか」のデザインへの転換が示唆される。それではそのようなデザインとはどのようなものであろうか。今後の検討をしていきたい。

文献