成城学びの森の第2回として、受講者の皆様と学園内を歩く。初等部、中学、高校の卒業生が一人、そして50年近く前から成城の近くに住んでいる人もいたので、いろいろ話を聞きながら、楽しい2時間あまりの小旅行だった。
最近は諸般の事情があって学園内はなかなか写真を撮れない。今回はちゃんと許可を得たので、昔の思い出を聞きながらいろいろ見ることができた。
運動場は、戦後すぐの頃から変わっていないという。これは体育館。体育館の下の方に赤い扉があるが、そこは足をあらったりするところで、臭かったという記憶があるとのこと。

きっと今ではだいぶきれいになっているんだろうなあ。
運動場を抜けて、初等部・幼稚園の方にいくためには、仙川を渡らないといけない。なんとなくもっとずっと狭い川だと思っていたのだが、思ったより広いことにびっくり。

昔は、河岸もコンクリで固められていなかったし、運動場との間の網もなかったので、運動をしているときにボールが川に落ちて拾うのに苦労したということだ。
小学校の中にも入らせていただいた。壁にきれいな美術作品が展示してある。昭和57年卒業生の卒業制作だ。これを見ているとき、「この年に生まれた」というメンバー(多摩美のSさん)がいて、みんなで「う〜む」。

昨日、初等部の校長先生と話をしたときに、裏手に地獄谷というところがあって、子どもたちが雨の日などにどろ坂を滑って転んで遊ぶんですよ、という話を聞いた。
これが地獄谷かな。

その先にあるのがプール。ここは、以前は一般公開をしていたので、近くに住んでおられた受講生の方は、娘を連れて何度か来たとのこと。

このあたりが成城学園の敷地の北の端ということになる。
以前大雨があったとき、このあたりまで水が溢れて、水がいっぱいになったとのこと。そのときに三船敏郎さんが自分で持っていた船で救出活動をしたという。「え、船で?」と不思議だったが、三船スタジオがあって、そこは広い敷地があり、いろいろなものが置いてあったのだという。なーるほど。
それから、高校の敷地に入っていく。木立の中の中庭のようなところがあり、そこに昔風の教室の建物がある。「昔はみんなこんな建物でした」ということでした。

なんだか木立の中に広場がある林間学校のような場所でした。
そろそろ学園を出て、住宅街から駅前に向けての道を歩いた。
昔のコンビニですよ、という三浦屋酒店。

これは、私が時々昼食をとる華寿司。大学でもいろいろな集まりの時にここから出前を取ることが多いそうだ。

交差点を越えて右手にカリス成城。結構有名なお店。風邪をひいたときのハーブティーの調合などもしてくれると聞いた。

今回の小旅行の終点。成城学園駅。まだ新装開店がなったばかりで、落ち着きません。

いろいろ他にもありますが、とりあえずの報告でした。

昨日はクラスに出席できず残念
3時過ぎに談話室によってみましたが
フィールドワークにでられたあと
でも写真で一部垣間見ることが出来ました
よかったです
それにしても駅の変貌ははなはだしく
駅に着いても ほっとすることが
できなくなりました
皆様はいかがですか?
しばらく803教室でお待ちしていたのですが・・ 行き違いになってしまったようですね。出先で会えるように連絡先をお伝えしておくべきでした。
小旅行の中では植物談義もずいぶんでたので、松崎さんがいらしたら、と思うときも何回か・。
4時前に談話室に戻って今後の方針について議論しました。詳しくはまた連絡いたしますが、「昔と今、今と未来」というように時の流れに注目してまとめるという方向はどうか、という議論が進んでいます。これまでに撮られた写真などを次回お持ちいただけるとありがたいです。
皆様。多摩美のNです。コメントが遅くなり申し訳ありません。先日はお疲れ様でした。というか、若いはずの私が一番疲れた顔をしていたかと思います。すいません。
様々なお話を聞くことができ、学園の中からなかなか出られず、もう少し成城の街を歩く、予定でしたが、街中はいつでもすぐにでも歩けますし、学園の中をお話を聞きながらゆっくり歩くことはなかなかできないことだと思いますので、それでよかったと思います。
昔の写真が皆様の手元になくても、探せばあるようです。そのようなものを参考にしながら、語る、ということもできるかと思いました。